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御茶ノ水バビロン2世
合コン中 ずっとサイレントモードだった私
SMAPの話 を せっかくだからする
SMAPで誰が好き?
二列目の一番右
じゃあここでSMAPのメンバー紹介をします
豊田東京湾
45組
上森パックンチョ
幼いゼ小山内
カフー
狩谷TBS発
稲垣メンバー
JR秋葉原駅の一番奥の男子トイレで気張っていたら
こんなポエムを見つけた
ああ!ぼくはいま
一糸まとわぬ すっぱだかで
せんずり ここうと している!!
だれか!!見て!!!
さわって!!!なめて!!!
(原文ママ)
マスイジュウの所見
これは何てことのないただのエロい落書きなのだが、侮れない技法がここには使用されている。
まず、基本事項であろう表記の統一が行われていない。
普通、漢字に変換するところは変換するのがスジだが、
何らかの意匠がある場合にはあえてひらがなのまま、カタカナ表記などにするものである。
知ってか知らずか、この詩の作者はかなり最小限に漢字を使用している。
これは作者自身も気張りながら書いたであろうその状況を想像すると、
とてもじゃないが「纏わぬ」「触って」「舐めて」となど書けないと思われる。
このことが、この詩自体のポテンシャルを高めているのだ。
読者はトイレの個室という、作者がこの詩を生んだ共通の場所でこれを眺めることになり、
当然不特定多数の読者も気張っている状況である。
難解な漢字表記を極力減らしたこの文章は、読者をこの作品の世界に入り込みやすくさせる。
また、平易な表記にしたことで、漢字に直された「一糸」「見て」の部分はより一層目立つこととなる。
私が思うに、作者が伝えたかったメッセージはこの漢字表記の部分に集約されていると考えられる。
つまり作者はその一糸纏わぬ自分の姿を誰かに見られたい、というのが趣旨なのである。
これは、すなわち自己解放への欲求に他ならない。
そうでなければ、勢いだけで書いたであろうこの文章で、なぜそこだけ漢字表記にしたのだろうか。
漢字にしなくてはならない理由はそこにあったのか?漢字は書くのに時間がかかるのに。
やはり作者の想いが自然とそこだけ漢字表記にさせたと考える方が説明がつく。
知らず知らずのうちに、本当に伝えたいことだけを浮き上がらせるように記述してしまったのだろう。
秋葉原という雑念と煩悩の街並みの中で、作者は一人さすらう。
その街並みや人々に精神がやられそうになり、本当に安らげる場所といえば駅のトイレの個室ぐらいである。
そこで湧き上がったプリミティブな欲求。都会の生活で希薄になっていた欲求。
本当の自分を見て欲しい、誰かとつながっていたいという気持ちが、
衝動的に作者のペンを走らせたのだろう。
しかし、外界へメッセージを向けてはいるものの、それは今すぐに実現できるようなものではない。
だからこそ、作者はこの閉鎖空間で自慰行為を試みながら誰かに見られることを望む、という矛盾した行為に走るのだ。
この感情の動き、高まりを記述するに当たり、感嘆符を徐々に増やしていくことによって見事に表現しており、
胸が張り裂けそうなほど作者の想いが伝わってくる「リアル」な詩を生み出すことに成功しているのだ。
初期衝動だけに任せて作られたであろうこの文章、ましてや作者はこれを詩などとは当然思ってもいないだろうが、
これは詩的な修辞技法が巧みに使われた素晴らしいポエムであると断言しよう。
下痢気味だったけど。
どうしてギャルって酒焼けしたオッサンみたいな声の確率が高いんでしょうか
常夏サンシャイン ビビビ
タケシのサマータイム
目が合ったなら ビビビ
タケシのサマータイム
ああ 君と無人島で二人っきりになりたい
一緒にツイスターゲームするんだ
夜になったら タケタケタケシのダンスファイヤー
どんなつらいときでも平気さ
OH BABY こっちへおいでよ
OH BABY 黒豆 まめまめ
タケシは侮れないぜ パジェロユーザーだから
みんなが振り向くキラキラ タケシが今年もスパーク!
タケシは守ってみせる 9回のオモテと君を
枝毛生活からおさらば タケシはストパー当てました
「村岡タケシソロデビューシングル タケシのサマータイム」
マスイジュウ プロデューサーとなって印税生活を夢見ていた頃の作品である
マシュ麿
リスペクの時間
辛酸なめ子をリスペクト!
辛酸なめ子をリスペクト!
辛酸!辛酸!なめ子!なめ子!
リスペクトなめ子辛酸!
リスペクトなめ子辛酸!
一度も本を買ったことがない辛酸なめ子!
中村うさぎとか安野モヨコと同じベクトルじゃないのか辛酸なめ子!
しんさーーーーーん なめこ!